●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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山本権兵衛

第16・22代内閣総理大臣 海軍大臣 嘉永5年10月15日(1852年11月26日)〜 昭和8年(1933年12月8日)
山本権兵衛 山本権兵衛 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像
薩摩藩士の槍術師範を勤めていた山本五百助盛aの六男に生まれ、大変厳しく育てられました。16歳で薩摩藩兵士に採用され戊辰戦争で軍功を挙げ、その後西郷隆盛の紹介で勝海舟に学び海軍軍人への道を歩むことになります。西郷従道に海軍省大臣官房主事に任命され、日清戦争時には海軍大臣副官となります。当時海軍は陸軍参謀本部の中に含まれ、陸軍の下部組織のような存在でありましたが、山本権兵衛は海軍軍令部の独立を10年の歳月をかけ主張し続け「陸海平等」を認めさせます。
そして大規模な海軍の行政改革を断行
各方面からの反対を押し切り、大リストラや東郷平八郎を連合艦隊司令長官に大抜擢するなど大改革を行い日本海軍の発達に貢献、「日本海軍の父」と呼ばれるようになります。
また妻の登喜子さんは郭に売られてきたばかりで客をとらされる寸前の女郎でしたが、一目惚れした権兵衛は強引に足抜けさせ結婚をします。当時薩摩出身の士官が平民の娘と結婚するなど異例のことでありましたが、6人の子供に恵まれ生涯仲良く暮らしましたそうです。エライですネ。
しかし西郷隆盛→西郷柔道→山本権兵衛→東郷平八郎と続くこの抜擢人事、皆同じ町の出身、言わば町内会人事で日本の命運が左右されていたとは、結果的には悪くはなかったとは言え、恐ろしや!派(町)閥人事です。

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