●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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瀧 廉太郎

作曲家 1879年(明治12年)8月24日 - 1903年(明治36年)6月29日)
滝廉太郎 滝廉太郎 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像

「天才は短命」だと言われますが(統計学的根拠はなさそうですが)正にそのとおり23歳10カ月の若さで早死にしてしまいます。
その短い生涯にも係わらず、日本人の心に残る多くの名曲を残し、現在もなお唄い継がれています。「荒城の月」「花」「鳩ぽっぽ」「お正月」「箱根八里」「桃太郎」「雪やこんこ」etcどれをとっても年配の方には口ずさめるものばかりです。
滝廉太郎は東京都で生まれますが、父の転勤で各地に移り住むことになります。
15歳で東京音楽学校に入学1898年に本科を卒業後、研究科に進も作曲とピアノ演奏でめきめきと才能を伸ばしていきます。
明治時代の前半には外国の曲を日本語訳詞で唄ってましたがぎこちない歌が多く、日本人作曲家による歌を望む声が高まっていました。瀧廉太郎は最も早く、その要望に応えた作曲家と言えます。
1901年ドイツに音楽留学しますがわずか2ヶ月後に肺結核を発病し僅か1年で帰国、その後は父の故郷である大分県で療養していましたが、1903年(明治36年)6月29日自宅で亡くなりました。
もっと長生きしていたならば、もっと沢山の名曲を残していた事は間違いなく本当に残念です。

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