●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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佐藤彦五郎 

新選組の後援者  文政10年9月25日(1827年11月14日) - 明治35年( 1902年)9月17日

佐藤彦五郎 佐藤彦五郎 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像
 
 佐藤家は代々甲州道日野宿の名主を務めており、父の急逝のため彦五郎はわずか十一歳で名主を継ぎ、この日野本郷三千石を管理することになります。 そして17歳の時、土方歳三の姉のぶ(12歳)と結婚します。歳三は兄弟の中でも仲の良かったのぶの元へよく遊びに行き、彦五郎も義弟となった歳三を大変可愛がったそうです。。
 嘉永二年(1849)、佐藤家の近所から火事が起こり、この火事の最中に一人の狂人がおこした事件で、佐藤彦五郎はあやうく斬られそうになります。これをきっかけに宿場の名主としての責任から村の治安維持防衛の必要を感じるようになり、時々日野宿を訪れていた天然理心流「近藤周助」に入門。自宅を改装して道場を開き「近藤周助」の養子になっていた「近藤勝太」(近藤勇)と兄弟弟子。同じく兄弟弟子であった「小島鹿之助」と共に「三国志」に因み3人で義兄弟の契りを交わします。
 日野宿の名主の仕事を努めねばならなかったため新選組には参加できませんでしたが、相談事や資金面でのバックアップ等、生涯支え続け、真に「佐藤彦五郎」と「新選組」は一体でありました

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