幕末・明治天然色写真館 カラー化画像 |
1865年閏5月、幕府の直轄施設・神戸海軍操練所の解散をきっかけに、薩摩藩の庇護の下坂本龍馬を中心にした「亀山社中」が結成されます。当初は交易の仲介や物資の運搬等で利益を得るのを目的としながら航海術の習得に努めていました。しかし、ワイルウェフ号の沈没やその他代金の未払い等で運営は行き詰っていました。1867年土佐藩に付属する外郭機関として「海援隊」となり、グラバー商会と銃器の取引を開始し藩に銃器などを卸し始めます。そして、武器や軍艦などの兵器を薩摩藩名義で長州へ流すなどの斡旋を行い、険悪であった薩摩と長州の関係修復を仲介をし、薩長同盟を締結に大きな役割を果たします。しかし坂本龍馬が暗殺されると求心力を失い分裂、後藤象二郎は「海援隊」を「土佐商会」として岩崎弥太郎に引き継がし、岩崎弥太郎は私企業として三菱商会等に発展させます。と言う事は坂本龍馬暗殺がなければ、三菱財閥は無かった? 画像の方はとても悪く、満足な出来栄えには程遠いのですが、数ある坂本龍馬の画像の中で、顔に修正が施されていない、一番本当の顔に近いのではないかと思います。 |