●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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海援隊(亀山社中)

慶応元年(1865)閏5月〜慶応四年(明治元年・1868)4月
海援隊
幕末・明治天然色写真館 カラー化画像
海援隊
 1865年閏5月、幕府の直轄施設・神戸海軍操練所の解散をきっかけに、薩摩藩の庇護の下坂本龍馬を中心にした「亀山社中」が結成されます。当初は交易の仲介や物資の運搬等で利益を得るのを目的としながら航海術の習得に努めていました。しかし、ワイルウェフ号の沈没やその他代金の未払い等で運営は行き詰っていました。1867年土佐藩に付属する外郭機関として「海援隊」となり、グラバー商会と銃器の取引を開始し藩に銃器などを卸し始めます。そして、武器や軍艦などの兵器を薩摩藩名義で長州へ流すなどの斡旋を行い、険悪であった薩摩と長州の関係修復を仲介をし、薩長同盟を締結に大きな役割を果たします。しかし坂本龍馬が暗殺されると求心力を失い分裂、後藤象二郎は「海援隊」を「土佐商会」として岩崎弥太郎に引き継がし、岩崎弥太郎は私企業として三菱商会等に発展させます。と言う事は坂本龍馬暗殺がなければ、三菱財閥は無かった?
画像の方はとても悪く、満足な出来栄えには程遠いのですが、数ある坂本龍馬の画像の中で、顔に修正が施されていない、一番本当の顔に近いのではないかと思います。

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