●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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榎本武揚

榎本武揚(釜次郎) 海軍副総裁 天保7年8月25日(1836年10月5日) - 明治41年(1908年)10月26日)
榎本武揚 榎本武揚 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像

蝦夷共和国は、日本で初めて公選選挙で総裁(大統領)を選出するなど、
先進的な制度を取り入れて行きます。蝦夷地の住民にとっては、
財政逼迫に伴う重税で共和国政府の評判は芳しくはなかったです。
しかし共和国政府の蝦夷開拓策は、後の北海道開拓運動の先鞭となりました。
蝦夷共和国は英仏米によって、事実上の政府として国際的に認められます。
本拠地は函館の五稜郭に置かれました。五稜郭は稜堡式と呼ばれる星形(五芒星)
の築城様式で、軍事上の要塞としては脆弱なものでした。

1969年5月、物量に勝る明治政府軍は、函館に総攻撃をかけます。
これが箱館戦争ですが、敗戦間際に榎本武揚は自らの翻訳した「万国海律全書」
を灰塵にするのは惜しいと、政府軍の黒田清隆に託します。榎本は自決覚悟で降伏、
これにて箱館戦争と戊辰戦争は終結します。 新政府軍が江戸城を無血開城すると、徳川家に対する政府の処置を不満とし、戊辰戦争最後の函館の戦いまで徹底抗戦をしますが、戦費の枯渇、兵士の逃亡、自軍戦艦の消失等で遂に降伏。 死罪となるもその黒田清隆才を買われ、刑を軽減。新政府では色々な任を経て逓信大臣、文部大臣、外務大臣、農商務大臣となる。
画像は土方歳三らと共にした函館戦争の頃もの服装に共通点があります。でも蝶ネクタイとは洒落てます。しかし何故横目?



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