●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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東條英機

第40代内閣総理大臣 陸軍大将 1884年(明治17年)7月30日- 1948年(昭和23年)12月23日
東条英機 東条英機 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像

東條と言えばA級戦犯、A級戦犯と言えば東條と連想されますが、戦勝国が敗戦国を裁くという「東京裁判」(正式名は極東国際軍事裁判)、そんな裁判が公正に行われる訳もなく(そもそも裁判が行われる事自体おかしい)、単に罪状を付けるための茶番劇で有った事は現在では大方の考えとだと思います。かと言って東条を擁護する訳でもありません。行政権の責任者である首相、陸軍軍政の長である陸軍大臣、軍令の長である参謀総長の三職を兼任し、東條幕府とまで言われる程の権力を持って、言論統制をはじめ強圧的なやり方で戦争を遂行し、大戦末期には、重臣の大半が和平工作していく中に於いても東條のみが徹底抗戦を主張、結果広島・長崎の原爆まで至った(結果論ですが)訳ですからその責任は重大です。東條自信も其の辺のところは理解し裁判に於いても一切の自己弁護はせず、敗戦の責任を負うことを宣言しています。
しかし
 「進め一億火の玉だ」
 「欲しがりません勝つまでは」
 「撃ちてしやまん」
有名なこれらの標語はいづれもマスコミの募集で国民が作ったものです。当時の人はそういうご時世だったのだからしょうがなかったと言うでしょうが、私達や後世には第二の東條達を作らないよう気をつけましょう。
                
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