●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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白襷隊

日露戦争 第三回旅順総攻撃 1904年(明治37年)11月26日
白襷隊
幕末・明治天然色写真館 カラー化画像
白襷隊
撮影は1904年11月26日、この日午後9時より夜間奇襲攻撃を賭けます。総攻撃は失敗に終わり、白襷隊総勢3100余名はほぼ壊滅状態となりますので、おそらくこの方達の最後の勇姿となります。数時間後に迫った死に対してか緊張した表情に見えます。攻撃前の訓示は「特別支隊ハ最名誉ノ支隊ナリ。只一人モ生キテ還ルヲ期スベカラズ。決死以テ目的ノ達成ニ努ムベシ。(略)故ナク後方ニ止マリ、又ハ隊伍ヲ離レ、若クハ退却スルモノアラバ、幹部ニ於テ之ヲ斬殺スベシ。」 つまり生きて還ってくるな!です。と、一般兵士にはそう言いながら、白襷隊編成の言い出しっぺの支隊長は負傷しながらも生還しその後も出世していきます。乃木希典の欄にも色々と記しましたが、敵陣地へ侵入した際に敵味方の区別を見分けるためのこの白襷が、その前に敵の格好の標的になるのは、この画像を見てからも一目瞭然です。平和な今日ですが、時々はにはこういう戦いで亡くなられてい逝った方達を思い出したいと思います。

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