●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)

第13代将軍徳川家定御台所 天保6年12月19日(1835年2月5日) - 明治16年(1883年)11月20日

篤姫 篤姫 幕末・明治天然色写真館 カラー化画像

 篤姫と言えば宮崎あおいちゃんの顔を想像してしまいますが、ちょっとがっかり?しかしこの写真を撮った時(40過ぎ位?)とは年齢が違うので比較するのは気の毒です。(あおいちゃんなら40過ぎても可愛いと思います)
あおいちゃんは、いやっ!篤姫は薩摩藩主島津家の一門・今和泉領主今和泉家第5代当主忠剛の第4子、幼名は一子。
 第13代将軍・徳川家定は体が弱く子供もなく、また家定が公家から迎えた正室も2度も亡くなったことから、健康で子を沢山産める女性として島津藩に白羽の矢が立てられます。そこで藩主島津斉彬は19歳の一子を自分の養女とし名前を篤子と改め、さらに将軍家に嫁ぐには公家の出であることが必要なため、右大臣近衛忠煕のもとへ養女に出します。この時より篤君となります。
 そして、家定の正室となりなりますが、わずか1年9ヶ月後に家定は急死してしまったため篤姫は落飾し天璋院となります。
 その後も江戸城で大奥を切盛りして行きますが、朝廷と幕府の公武合体策が破綻し戊辰戦争勃発、幕府は破れ江戸城明け渡しとなりますが、生まれ故郷である官軍側の薩摩に2度と帰ることなく、徳川家の存続のため徳川家の人間として生涯尽力を尽くします。
享年47歳 死因 脳溢血

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